日々進化していく中国留学

しかし、一九五七年以来『住民の生命を守る村を創ろうという運動が始まり、病気の治療よりも予防に力を入れてきた。
いまでは、三五歳から五九歳までの全村民が人間ドッグに入って検診を受けている。
厚生省の行政指導に抵抗して、老人医療費無料給付を続けているのに、一人あたりの平均医療費は、全国の二分の一以下である。
師のTが地域主義を構想するうえで、モデルとなった村でもある。
私はまだ、沢内村を訪ねたことがない。
師匠や友人の話だけで知っている村である。
地域複合農業で有名な東北タイのサターン村と同じように、あこがれの村のひとつである。
滋賀県の環境フォーラムで、O村長にお目にかかり、沢内村の畜産廃棄物のリサイクルをふくむ多角的な有機農業について教えてもらった。
太田さんのような村長に出会うと、霞が関でよく耳にする「地方に人材がいない」という嘆きは、無知の傲慢以外のなにものでもない、と思い知らされる。
このような運動にも歴史がある。
奥地であるまいし、生まれた赤ん坊がころころと死んでいくような野蛮な条件、また歳とったおじいさん、おばあさん方が農夫症に苦しみながらじっと我慢して死んでいくような野蛮な条件を克服して、与えられた人間の命が完全に燃焼し尺くすまで、自分たちで自分たちの命と健康を守る、そういう村につくり上げたい。
というのが、沢内村の命を守る運動が発足した一九五五年の、あまりにも有名な決意表明である。
自立した農村の建設を進めた沢内村の輝かしい運動にも、「脱亜」の影が落ちている。
奥地に住む人が、この運動について聞いたらどう感じるだろうか。
長野県民は「東洋のスイス」と呼ばれると嬉しくなり、岩手県民は「東北のチベット」と呼ばれると悲しくなるという。
遊覧飛行機に乗って、上空から見下ろしたときの私の印象をいえば、スイスのアルプスよりも、チベットのヒマラヤのほうが素晴らしかった。
しかし四〇年前に「脱亜」から出発した沢内村がしだいに「興亜」の一翼を担いつつある。
西洋医学の限界に気づき、漢方を始めとする東洋医学を取り入れた。
ネパールから自然循環有畜複合農業を学び、スリランカのサルボーダヤ運動(農村開発事業を展開しているNGO)との交流も始めた。
このような「興亜」への方向転換は。
沢内村に限らない。
一九九二年五月初句に横浜で開かれた「地球環境・アジアNGOフォーラム」には、延べ三〇〇〇人近い人が集まり六分科会とも参加者を制限しなければならないほどの盛況だった。
公権力の国家意志でもなく、私企業の利潤のためという動機でもなく、共同体的な相互協力への強い関心が高まりつつある。
アジアの諸地域では、強権的な政府とは別に、個々の地域の社会経済問題に取り組むボランティア団体が続々と組織された。
なかには、公権力に対抗するところまで成長した団体もある。
一九七〇年代後半から八〇年代を通じては。
欧米のキリスト教会や非営利団体から支援を受けたプロジェクトも少なくない。
しかし九〇年代に入ってから、発展途上国のNGOでも方向転換を図り、日本のNGOとつながりをもとうという気運が高まっている。
二一世紀におけるアジアの民衆との関係を考えるうえで、NGOの果たす役割はきわめて大きい。
残念ながら、日本では会社の影響力に反比例して、ボランティア団体の社会的な活動は、アジアのなかでもまだ弱いほうである。
だが、遠からずアジア民衆団体(住民組織をふくむ)との連帯は、時代の焦点となろう。
先の横浜の会議でも、ナルマダーダム建設にともなう1〇〇万人近い住民の強制移住問題を訴えるインドのKさんの声は、アジアのNGOが手を結ぶ必要を象徴していた。
沢内村が「脱亜」から「興亜」へと転換しつつあるように、日本をふくむアジアの民衆運動も転機を迎えようとしている。
戸籍制度は、会社制度とならぶ明治時代の産物である。
しかし、わずか1〇〇年間に、たいていの日本人は戸籍制度や会社のもとで生きることが、言語を話すのと同じくらい自然なことと感じるようになった。
だれもがどこでも、戸籍や会社なしで暮らす人間など想像できない、と思い込むようになってしまった。
そんなエピソードを紹介することから始めよう。
一九七七年に早稲田大学で非常勤講師を引き受けていた私は、同校を卒業して司法試験に合格したKさんに出会った。
彼は日本で生まれ育ち、日本に生活の本拠をおいているのに、日本では弁護士になる道を閉ざされていた。
友人たちと最高裁判所への陳情をくり返し、彼らか何世代日本に住んでも、日本社会の構成員から排除される戸籍制度の役割に気づいた。
在日朝鮮人の弁護士を産み出す運動のさなかに長男の誕生を迎えた私は、五〇〇円の料金を受忍する覚悟で無戸籍状態の”実験”をしてみた。
居住地の江東区役所へ赴き、「当分のあいだ、戸籍に入れないことにします」と申し出た。
すると、私の本籍地である京都市上京区の区長から、たびたび速達で「一日も早く戸籍に入れるように」との督促状が送られてきた。
都民税や特別区民税は納めていても、京都市民税を払ったことのない私に、過剰な行政サービスがおこなわれる事実は、日本の地方自治が住民よりも国家に奉仕するシステムであることを、思し知らせてくれたものである。
「戸籍制度は、もっともすぐれた人民管理のシステムであり、広く世界に誇るべき行政制度である。
なぜ先進諸国が戸籍制度を採用せずに世代間情報の不完全な国民総背番号制などに走るのか理解しがたい」法務省民事局の幹部から、このような慨嘆の声を聞いたことかある。
欧米諸国では、身分登録の単位が「イエではなく個人」である。
それぞれの事件発生地において、一人ひとりに出生証書、婚姻証書、死亡証書などが作成される。
フランスの家族手帳やドイツの家族簿にも、親族的身分関係が世代をこえて登記される「戸籍」の観念はない。
戸籍という言葉自体は日本固有の発明ではなく、古代中国からの輸入語である。
しかし、正倉院に保管されている戸籍は、後世の宗門人別改帳や住民基本台帳に継受されている居住地登録の制度であり、明治の戸籍制度とは異なる。
日本近代の発明である戸籍制度の特徴は、「イエ」単位の身分関係管理と労働市場の発展との両立にある。
移動の自由や職業選択の自由は、工業化、都市化、軍事化とともに明治政府に対する時代の要求であった。
かくして、居住地と本籍地の完全分離という、世界に比類をみない制度が発明されたのである。
東京都千代田区千代田一丁目一番地に本籍を置く「イエ」が続出しても、何の支障もない制度が完成した。
英語やフランス語だけでなく、生まれたところや住んだところと無縁な「本籍地」という言葉を過不足なく翻訳できるアジア諸国の言葉がほとんど存在しないのは、このような事情からである。
日本近代と同じ思想の戸籍制度が海外にまったく存在しないわけではない。
台湾と韓国に受け継がれている。
日本の植民地統治の一環として施行された、「台湾戸籍令」や「朝鮮戸籍令」の遺産である。
労働者の徴用や軍人・軍属の徴兵に役立つたといわれている。
独立後も継承されているのは、人民管理にすぐれた制度であることを認めている証拠だ、と日本の法務省関係者は誇りに感じているそうである。
しかし朝鮮民主主義人民共和国のように、廃止したところもある。

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